ひとりのおとこの歩き方

ひとりのおとこの人生というものがたり。

10年・20年先の食料は誰が作るのか

Gonです。

 

私の最寄駅から自宅までの道には、のどかな農地が広がっている。関西地区でも大きな都市の一つであるが、さすがに外れまで来ると田舎である。車が列をなして南北に流れる大きな幹線道路があるが、その脇で野菜や花が作られているのだ。

 

今日、そこを通ったのはちょうど午後15時くらいだった。晴天が広がる青空の下で、畑には人が大勢いて、まさに作業されているところだった。

 

 

私からしたらいつもの光景で、代わり映えがないので特に気にはならなかったが、一つだけ気になったことは「若者が一人もいない」ことだろうか。

 

 

話は変わるが、私が生まれた愛知県豊橋市は農業出荷額が過去1位に輝いたこともある都市である。

 

豊橋市は全国的に見ても農業が盛んな地域で、市町村ごとの農業産出額(農業粗生産額)では昭和42年から平成16年の統計まで全国第1位となっており、全国の市町村合併が進んだ現在でも全国トップクラスの産地となっています。

(出典:豊橋市役所

 

そして、私の父も農家出身であり、つまり私の祖父母はこの地で農業を営んできた。都市部から離れた地域であったので農地は広大にある。そして、同じように周りも農業を営む家ばかりだった。

父に聞いたことがあるが、祖父は昔は農業だけでなく、畜産業も営んでいたようだ。

私が生まれた頃にはもう廃業しており、以降は自分たちで食べる分の野菜の栽培しかしていないが、周りの家では農業を続けていた。

現在は、私の実家もそこから都市部へ移り住んでおり、その土地には父の兄、つまり叔父が住んでいる。正月になると、顔を出しにその田舎へ行くのだが、最近の話題は田舎らしいものばかりだ。

 

「この間、〇〇さんが亡くなって、長男が住んでいるが後は継がないらしい」

 

都市にいたら気づかないことだが、田舎は高齢化・過疎化が深刻である。毎回、何とかせねばと思うのだが、自分が現在の生業を捨て、そこに移り住むことも簡単ではない。

仮に、自分ひとりが移り住んだとしても、地域社会において何かが変わるわけでもない。

 

そんなこともあり、今日の帰り道の光景を見て、10年・20年後、この農地はどうなるのだろうかと考えてしまい、少しゾッとした。

農業従事者の高齢化の問題は昔から言われているが、深刻だと思う。

 

私は農学部出身であるので、農業に対する関心は一般の方より高いつもりである。もしかしたら一般の人から見れば「農学部を出れば農業出来るでしょ?」と思われるかもしれない。ところが、そんなことはないのである。

農学部と言えど学科により様々だが、純粋に農業を学ぶ学科でも「果樹学」・「作物学」など体系化された学問として農業を学ぶ。勿論、フィールドワークとして大学の付属農場で実地のトレーニングもあるが、それを受けたからと卒業後に農業が始められるわけではない。

 

実際の農業の現場は、学問というよりかは経験に基づくものが大きい。大学で果樹学・作物学を勉強しても基礎知識にしかならない。実際にモノを作るにはノウハウが必要となり、それを知らずして理論だけで対抗できるようなものでもない。

簡単に始められるようなものでもなく、長年の経験がものをいう世界だと感じる。

 

私は過去、農家訪問をしていたが、そこで感じたのは農業を営むということは会社を営むようなもので、経営的なセンスも必要ということであった。

特に設備導入は農家も頭を悩ませていて、導入したからといって簡単にペイできるものではないのである。

 

 

こんなことをつらつらと書いておいて、結局私は農業に関心はあるものの、自分がすぐに始めたいとは思わない。

やはり参入するにも農地・農具・設備の取得など費用もかかるし、参入直後は苦労することが目に見えているからだ。

  

都会にいれば気づかないことだが、農業における高齢化は今後の日本において重要な課題になっていくと思う。

今の現役世代には他人事ではないと思う。特に若者の農業離れは国が主体となって取り組んでいくべき課題かもしれないが、同じような考えを持つ人が少ないのも問題だと感じる。

 

とりあえず今の私に何が出来るかと考えると、一番は米や野菜を口にするときに心を込めて作って下さった方へ感謝することだろうと思った。